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BOX 袴田事件 命とは
 1936年二人の男の子が生まれた。後に熊本典道は判事になった。もう一人の袴田巌は、プロボクサーとなったものの清水市の味噌工場で働いていた。1966年6月30日未明、味噌工場に隣接する専務宅に火の手が上がり、家は全焼した。しかも専務一家4人は、全員刃物で殺傷された上、放火されたことがわかった。清水署の立松刑事が指揮をとり、金銭目的の強盗殺人の線で捜査を開始した。すると、この味噌工場の従業員はほとんどが親戚関係であり、唯一他人が袴田だった。しかも、殺された専務は柔道2段であった。そのため、元プロボクサーの袴田が捜査線上にあがった。袴田は妻と離婚し、残された3歳になる息子と母親の3人で暮らす資金を必要としていた。そこに目を付けられ警察に逮捕された袴田。しかし、彼と事件を結びつける証拠はまったくなかった。唯一、わずかに血の付いたパジャマだけが物証だった。それは消火作業中に手に怪我をした時のものだと説明した袴田。しかも、あまりの微量のため決定的な証拠にはならなかった。一旦は釈放された袴田だが、すぐに再逮捕され、拷問まがいの過酷な取り調べがおこなわれ、ついに「自白」をしてまう。一方、この裁判の主任裁判官となったのが、熊本だった。熊本は公判で警察の取り調べ調書を調べて愕然とする。連日長時間の取り調べの後、自白内容も二転三転しており、自白に疑問をいだいた。さらに、検察側は裁判が始まって1年も経ってから味噌工場の味噌樽の中から発見されという血染めの着衣が証拠として突如提出された。これにも疑問を持った熊本だが、結局多数決で袴田に死刑判決を荷担してしまったのだった。 熊本は袴田の無実を確信しつつも、死刑判決を書いたことに自責の念を持ち判事を辞職する。一方袴田は死刑判決確定以降からも30年、毎日の死刑への恐怖から拘禁症となり、姉の顔すらわからなくなってしまった。実際、拘禁症からくる精神のバランスを欠いてしまった状態に置かれていることも踏まえ、えん罪の被害者がこうした状況に置かれていることを考えるならば、どうすればいいのかを考えさせられる。現在、裁判員制度が始まって一年、人を裁くことについての重さを実感し、その難しさに行き当たってしまった。

監督:高橋判明
出演:荻原聖人、新井浩文、葉月里緒奈、村野武範、、石橋凌
2010年日本映画  上映時間:117分
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