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カティンの森
1939年8月独ソ不可侵条約が締結された。その1月後、ナチスドイツはポーランドに侵攻した。すると、ソ連もまたポーランドに侵攻する。この9月17日クラクフからポーランド軍のアンジェイ大尉の安否を気遣って東に向かう妻のアンナと娘のヴェロニカだが、クブ川にかかる橋上で東から避難してきたルジャ大将夫人の車と遭遇した。橋は西からドイツ軍から逃れてきた人たちと東からはソ連軍に占領されたので逃げてきた人々がちょうど出会い、ほとんどの人々が西の方向に引き返したのだが、アンナたちは東に向かった。野戦病院で事情を聞くと、ポーランド軍の将校たちは捕虜となっているということを聞き、急いで駆けつけるアンナはアンジェイと逢うことができ、親子3人が抱き合って無事を喜ぶのだった。しかし、アンジェイたちは軍用列車でソ連方面に連行された。ドイツとソ連に分割されたポーランドの事情もあってアンナは、ヴェロニカとともにそこからも移動できなくなっていた。2度クラクフへ帰るための移動許可申請をソ連軍に提出したものの、認めてもらえなかった。やがて、その地に留まるポーランド軍将校の妻子が逮捕されていった。アンナは間一髪、ソ連軍の少佐に助けられようやくクラクフへ戻ることができた。しかし、アンジェイの実父である大学教授のヤンはドイツ軍の収容所に入れられていた。1940年ソ連軍はポーランド軍の捕虜を分散して、移動させた。アンジェイは大将らの幹部とともに移動し、友人のイェジ中尉とはそこで別れた。やがて1941年になると、ドイツはソ連との不可侵条約を反故にし、ソ連に攻め込んだのだった。そして1943年2月ドイツ軍はカティンの森で多くのポーランド軍将校らの遺体が発見された。ドイツ軍はソ連による大虐殺と連日報じた。大将夫人ルジャはドイツ軍が準備した声明を録音しようとしたが、彼女はそれを拒否した。そして戦況は一転し、ドイツ軍が敗北した。それによって,ポーランドは親ソ連の社会主義政権となった。すると、カティンでの虐殺はナチスによるというソ連の見解に従う政権となった。パルチザンでドイツ軍と闘った人のなかには、身内をカティンの虐殺で殺された者も数多くいた。アンナの甥もその一人で、そうした現政権に批判的な行動をとり、警察に追われることになる。こうした,事実をも歪曲していくことへの批判も圧殺され、こうした事態が解決するまでに数十年の年月がかかってしまった。
 アンジェイ・ワイダ監督の父親がこのカティン虐殺の被害者だったという。そして、戦後の混乱期「灰とダイヤモンド」で描かれた状況が思い出された。アンナの甥はワイダ監督自身にも見え、さらには「灰とダイヤモンド」のマーチェックとも二重写しになってみえた。自らの肉親を虐殺したソ連の内務人民委員部によって虐殺され、そのことを知っていても口をつぐまざるをえなかった政治状況は理解できても到底納得はできまい。アンジェイ・ワイダ監督の集大成とも執念の一作といえる。心に残る秀作。

監督:アンジェイ・ワイダ
出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、マヤ・コモロフスカ
2007年ポーランド映画  上映時間:122分
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テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

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