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蕨野行
 江戸時代、とある東北の山里、この村の庄屋の母れんは長男団右衛門嫁ぬいのことが気がかりだった。すでに次男伊作には二人の子どもがいたが、嫁のてらは姑のれんとは型どおりの嫁と姑の関係だった。しかし、ぬいは団右衛門とは20歳もの年の差がある若い嫁で、れんを実の母のように慕い、庄屋の嫁としての仕来り作法を始め様々なことをすべて伝授してもらおうとしていた。そんなある日、「おババよい、何か思うことが有りつるか?」と聞くぬいに「ぬいよい、おれは関所のまえに立ちてありつる」と言い、この村に伝わる秘めた約定について説明した。それは、ここ上庄、中庄、下庄の三村では60歳になった者は人里離れた蕨野に移り住むが、そこは食料もなく、作物を植えることも禁じられ、毎日里まで、半里の道を下り村々での仕事をおこないその日の糧をえるという決まりだった。この年、蕨野に行くのはれんたち8人の男女だった。蕨野には3軒の小屋があった。さっそく、8人は、それぞれが小屋を手入れなどをするのだった。春から始まったこの生活も、夏の長雨と洪水で凶作の見込みとなった。すると、村から蕨野への人々への仕事が早々と終了することになった。これは、数年ごとにくる凶作に対応すべく、高齢者が自ら蕨野に行き若い者の糧を確保しようとしたことから始まったきまりだった。しかし、8人は次第にやはり、力尽き次々に逝ってしまう。それでも、れんは持ち前の知恵と才覚で何とかしのいで生きていた。そんなれんに昔から恋ごごろを抱いていた馬吉はウサギや鳥を捕り彼らの食料をまかなっていた。それでも、眼のみえぬ甚五郎や認知症のとせなどとともに必死に生きるのだが冬の雪のなかではついに力尽きて皆死んでしまう。れんが死に霊となって再び里に向かい「良き所ならば未練残らず、苦しみの土地なればこそ、もう一度人として生き返りたい」と言わしめている。
 かつての日本人は、死を迎えてもまた生まれ変わるという死生観をもっていたということを描いている。そういう意味であまり死を悲観的には描いていない。ただ馬吉の一途な思いがこの世でかなわなかった思いを来世でかなえたいといったあたりもまた当時の一般的な思いなのだろう。淡々としたれんとぬいとの語りあいがとても印象的だった。かつて「楢山節考」でも描かれた年老いた母を山に捨てるという「姥捨て」も、厳しい自然の下での農業故の悲劇だったが、この作品では捨てられた方の立場から、逆に子や孫へのやさしさも感じられた。あわせて、れんの妹しかが婚家から身重で追放されながら山の中でしぶとく生き抜いていた姿にもびっくりした。あの時代、女性はたいへんだったとあらためて思った。この映画は「日本の原風景を映し出す」といったメッセージもあるのだが、見事に再現されていたと思う。


監督:恩地日出夫
出演 : 市原悦子 、 石橋蓮司 、 清水美那 、 李麗仙
2003年 日本映画 上映時間124分
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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

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