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かぞくのくに
 北朝鮮への帰国事業で、16歳の時単身移住したソンホが25年ぶりに日本に一時帰国する。舞台は1997年の日本、北朝鮮の医療では治療できない病気の患者たちが、内密に治療するため3ヶ月の期間限定で滞在することになった。ソンホの父は「同胞協会」の東京地区の副委員長で、妻は自宅で喫茶店をしている。ソンホの妹リエは朝鮮語の語学教師をしている。久しぶりの再会で家族水入らずで、再会を祝うがソンホは余り多くを語らない。翌日、病院で精密検査を受け、ソンホの脳腫瘍の様子を調べてもらう。検査結果は3日後ということで、リエがソンホの級友たちとの飲み会をセットした。そこには、かつてソンホの恋人だったスニも現れた。彼女は現在は医者の妻となっていた。そこで、二人がかつて気に入っていた「白いぶらんこ」を合唱するのだった。しかし、こうしたソンホたちの行動は北朝鮮から随行している工作員にずっと、見張られていた。しかも、ソンホはリエにスパイ活動をやれないかとえん曲に聞くのだった。それは、たまたま父親も立ち聞きしていた。リエは工作員の見張る車に行き、「あの国は大嫌いだ」と言う。しかし監視員は「あなたの嫌いなあの国で、お兄さんも私も生きている。死ぬまで生きるんです」と言うのだった。ソンホの検査結果はやはり悪性の脳腫瘍で、3ヶ月で手術して帰国するというのは到底無理だと診断された。そして、父はソンホにリエに依頼したようなことは止めるように言うが、ソンホはその時初めて声を荒げて、自分の意志で言ったのではないことを言外に匂わせる。しかも、帰国事業も父の立場を考えて
のことだったこととわかる。さらに、突然治療に来ていた人々に翌日、帰国せよと本国からの連絡が入った。両親は力を落とし落胆するが、リエだけは最後まで、ソンホの手を握り無言で抗議する。しかし、無情にも車は成田に向かう。ただ、ソンホは車の窓を開け、つぶやくように「白いブランコ」を歌うのだった。
 この作品は、梁英姫監督の一家にあった事実をもとにしている。リエの言動に監督の思いが投影されている。家族という切り口で二つの祖国を描いている。ソンホが決して「地上の楽園」を信じて北朝鮮に行ったのではなく、父の立場をおもんばかってのことだったこともわかる。「キューポラのある町」からは10年以上も経っての頃の帰国事業であり、当然その頃には楽園とは言い難いことぐらいは薄々わかっていた頃だったと思われる。兄への愛情と北朝鮮への憎しみに揺れるリエ役の安藤サクラと井浦新が出色のできだと思った。


監督:ヤン・ヨンヒ
出演:安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、京野ことみ、大森立嗣、宮崎
美子、津嘉山正種
2012年日本映画     上映時間:100分
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テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

ローマ法王の休日
 先日第266代ローマ教皇(正しくはこちらの表記)フランシスコ1世が就任した。この教皇は南米アルゼンチン出身でイエズス会から初の教皇となったが、下馬評では最有力ではなかったという。この現実を踏まえて、この作品を見た。映画では、教皇の死によってコンクラーヴェが世界中から集まった枢機卿たちの投票がおこなわれる。そのなかで、下馬評に上がった候補たちの名前が投票結果で読み上げられるが、規定の3分2には届かない。そのため、システィーナ礼拝堂の煙突からは黒い煙が出て、世界中から集まったカトリックの信者とマスコミは固唾を飲んで注目している。なかなか決まらないままに、自分が選ばれないようにひたすら祈る枢機卿がいた。しかし皮肉なことにその彼メルヴィルが教皇として選出される。しかし、バルコニーに出て最初に全世界12億人のカトリック信者に向かってあいさつをするのが慣例となっているが、その直前それを拒否する。しかし一旦は教皇となることに同意したわけで、教皇庁は大混乱となる。ましてや、マスコミとの対応もある報道官は大慌て、さっそく医者に診てもらうが健康面は問題ない。そこで密かにローマ1の精神科医を呼ぶが、枢機卿たちが見ている前での診断は難しいということで、この精神科医の元妻である精神科医の元を密かに訪ねる。しかしここでも、その原因はわからず、その帰途お供のものたちをまいて、教皇は一人町に逃げ込んでしまう。あちこち彷徨い、その日の夜泊まったホテルに、ある劇団員たちが公演のために宿泊していた。彼らはチェーホフの「かもめ」を上演するらしい。主役の男優が舞台の台詞を諳(そら)んじながら階段を降りていった。その声に引かれるように教皇も後をついて行った。すると、男優は救急車に乗り込み、その場を去って行った。残されたスタッフや俳優たちは困り果てていた。教皇はかつて、演劇を志しており、「かもめ」の台詞は今でも全て覚えていた。劇団員たちに自分が代役をやりたいと言い出したくてうずうずしていた。一方、教皇庁では報道官が教皇は自室で休んでいると嘘をつき、枢機卿たちは精神科医の発案でバレーボール大会を地域ごとにチームで戦うことになった。しかし、いつまでも、嘘をついている訳にもいかず、報道官が枢機卿たちに教皇が楽しみにしている「かもめ」の公演に大挙して出かけ教皇を連れて戻るのだった。そして、改めて新教皇としての挨拶をするためにバルコニーに顔をだすのだった。
 この作品も、予定調和のストーリー展開ではなく、随所に批判が隠されている。その1、教皇は枢機卿たちの投票で選ばれるのだが、最終的には神によって選ばれたということになる。それを、拒否するということは、逆に大変な決断になると思う。その2、枢機卿たちは教団の指導部にいるのにもかかわらず、けっこう精神安定剤や睡眠導入剤を常用しているという場面が出てきて、驚いた。その3、精神科医がプロテスタントの信者ではないと断ってはいるものの、聖書の記述のあちこちに「鬱病」の人が書いたような箇所があると指摘する。つまり宗教指導者といえども、所詮は弱い人間なのだからということを描いているようだ。それにしても、教皇役のミシェル・ピッコリはかつての「軽蔑」や「獲物の分け前」とは打って変わった穏やかな面持ちで、気弱な教皇を見事に演じきっていた。いろいろと考えされられる作品だ。


監督:ナンニ・モレッティ
出演:ミシェル・ピッコリ、イエルジー・スチュエル、レナート・スカルパ、ナンニ・モレッティ、マルゲリータ・ブイ


2011年伊映画     上映時間:105分

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

桐島、部活やめるってよ
 地方都市にある高校の金曜日、バレー部のキャプテンで成績も良い桐島が突然部活を辞めると連絡し、学校も休む。毎日、桐島の部活が終わるのを待っている彼女の梨紗も知らずにいた。桐島と親友の宏樹にもまったく連絡がなかったし、電話もメールもつながらない。バレー部は桐島の抜けた後任に風助が入る。しかし、日曜日の練習試合はさんざんな結果になる。他のバレー部の部員たちは風助のせいだとして、特訓する。しかし、元々風助は身長も低く、練習はするが才能がなくいくらやっても桐島の穴埋めはできない。この様子を見ている女子バトミントン部の実果には、風助の気持ちがわかる。それは、数年前に亡くなった姉がバトミントンの県大会で4位に入ったことがあったからだ。自分もバトミントンをやっているが、姉のようにはできないことを痛感しているからだ。そうしたなかで、映画部の涼也は、顧問の教師のシナリオで映画コンテストの1次選考に残るが、「きみよ拭け!オレの涙を」という作品は2次選考には落ちてしまった。そこで、みんなで討議してゾンビ映画『生徒会オブ・ザ・デッド』を製作することにする。そのため、放課後から日没前に撮影をしようとするが、屋上のちょういよい場所には吹奏楽部の部長・亜矢がサックスの練習をしていた。涼也が撮影をしたいと申し入れる。しかし、亜矢は同じクラスの宏樹が竜汰や友弘と桐島が部活を終えるまで、校庭でバスケットのネットにボールを入れて遊ぶ姿を見つめるために毎日そこにいたのだ。だから、自分のベストポジションを渡すまいと必死に抵抗する。しかし、宏樹たちは桐島がいなくなったのだから、ここにいる必要がないと、その場を去る。
 週があけ、桐島は学校にも出てこないが、突然「桐島」を校内で見たという話が広がり、桐島の周辺の生徒たちが屋上に集まる。そこには、涼也たち映画部がゾンビ映画を撮影中だった。集まって来た連中も含めカメラを回し続ける涼也。
 桐島の部活を辞めるということを発端に展開される一見バラバラのエピソードがカメラのアングルを変えて何パターンか繰り返される。結局最後まで桐島は登場せず、それぞれバラバラな話がそれぞれ別に展開する。この作品は1952年の戯曲「ゴドーを待ちながら」にインスパイアされたと評されている。ここでいう「ゴドー」とはゴッドのことと云われている。そこから、この作品の「桐島」は「キリスト」であり、「金曜日」に突然いなくなったというのも「13日の金曜日」に引っかけてあるともいわれる。そうした解釈でみるとすれば、実に深い意味がある。
とは言え、もともとこの国では、キリスト教の影響が少ないなかで、こうした概念はどこまで伝わるのか。こうした宗教すらもないというなか、夢や希望もまた、現実には幻想でしかないことを否応なく認知させられていく。それは、ラスト近く宏樹と涼也の対話の場面でカメラを互いに通して語りあうが、宏樹の涙に象徴される孤独な存在を確認したうえで、絶望しか残っていないことを知らされる。そういう意味で、考えさせられる作品だ。


監督:吉田大八
出演:神木隆之介、橋本愛、東出昌大、大後寿々花、山本美月、清水くるみ


2012年日本映画    上映時間:103分

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

屋根裏部屋のマリアたち
 1962年のフランス、パリに住むジャン=ルイは3代続く証券会社を経営する資産家の中年男性だ。姑の死を契機にジャン=ルイの妻シュザンヌは家の模様替えをしようとしていた。すると、先代からの家政婦は大奥様の思い出がつまった部屋を変えるなんてと反対し、辞めてしまう。そこでシュザンヌは友だちから今はスペイン人の家政婦が大半を占めており、フランス人よりよく働くというので、スペイン人の集まる教会で一番若いマリアを雇うことにする。マリアは叔母コンセプシオンを頼ってフランスにやって来て、住まいはジャン=ルイ家のあるアパルトマンの6階にスペイン人の家政婦たちが住んでおり、そこにマリアも入居する。マリアは初日、これまで妻のシュザンヌが一切家事をやらないのでたまっていた炊事洗濯アイロンかけをスペイン人家政婦に手伝ってもらい好印象を与える。何よりジャン=ルイは朝食の半熟卵のゆで加減にこだわっていて、満足する。これまでのようなお婆さんの家政婦から若い家政婦に変わったことで、彼女に興味を抱くジャン=ルイは、自分の家の物置が6階にあり、マリアの部屋を覗く。するとスペイン人家政婦たちがトイレが詰まっていると訴える。すぐに修理を依頼するジャン=ルイ。これを契機に彼女らとうち解けるようになるジャン=ルイは、いろいろと面倒をみるようになる。一方、会社ではシュザンヌたち奥さま連中が警戒する派手な寡婦が顧客となり、ホームパーティにも参加する。妻はすっかり、この女性にのめりこんでしまったと勘違いする。一方、ジャン=ルイはスペイン人たちの面倒をみて感謝され、彼女らのコミュニティにも参加し人生の楽しさを感じるのだが、一番の目当てはマリアだった。そんな折り、シュザンヌの誤解がもとで浮気を疑われたジャン=ルイは家を出ることになる。行き場がなく、仕方なく6階の物置で寝泊まりすることになったジャン=ルイ。そこで、彼女たちとますます仲よくなり、これまでの人生が何と味気ないものだったかと振り返り、かえって生き生きとする。しかし、マリアの叔母コンセプシオンは、ジャン=ルイとマリアの関係を見抜き、これまで秘密にしてきたことを明かすことにする。それはマリアが最初に家政婦として働いた家で、そこの主人に見初められ息子を産んだという過去があり、その子どもが相手側で育てられその所在すらも教えてもらえなかったのだ。その子どもの居場所を教えるから、ジャン=ルイとも深みにはまらないうちにスペインに帰れと言うのだった。そして、慌ただしく帰国を決めそのことを伏せて、ジャン=ルイの部屋を訪ね一夜をともにして帰国してしまったマリア。彼はマリアとの未来を考え、証券会社の社長のの座も譲り、妻とも離婚し、さあこれからと思った矢先マリアが突然いなくなった。それから、3年スポーツカーを駆ってスペインを訪ねたジャン=ルイ。マリアとの再会は。
 スペイン内戦以降のフランコ将軍による軍事独裁政権が続いていた時代。「日曜日には鼠を殺せ」という作品でスペイン内戦に参戦し一旦はフランスに住み時折り、スペインにゲリラ的に戦いを挑んだ年老いた活動家の名作があった。そうしたなかで、フランスに出稼ぎに来ていた家政婦たちの物語だ。同じアパルトマンに住んでいることもあって、朝は7時前から夜は9時頃までの勤務だ。それにしても、いくら富裕層の妻であっても炊事や洗濯ぐらいの家事ぐらいはしたらと思ってしまう。しかも、シュザンヌは田舎出身だと言っていたのだから、まさか田舎のブルジョア出身ということもなかろうと思う。何か成り上がりにの傲慢さが滲みでていた。ただ人の幸せ感はやはり金ではあがなえないということも含め、よくできた作品だと感じた。


監督:フィリップ・ル・ゲ
出演:ファブリス・ルキーニ、サンドリーヌ・キベルラン、ナタリア・ベルベケ、カルメン・マウラ


2010年仏映画      上映時間:107分

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

オズ はじまりの戦い
 カンザスの州内を興業している一行のなかに、マジシャンのオズがいた。彼は手当たり次第にアシスタントにするからと女性に声をかけていた。そうした結果なのか、サーカスの大男がえらい剣幕でオズの控え室に入ってきた。オズはとっさに気球に飛び乗って逃げるのだが、折から竜巻が迫って来て、空の彼方に舞い上げられた。そして見知らぬ世界に降り立った。すると、若くて綺麗な西の魔女セオドラがいた。セオドラはオズが予言に書かれた魔法使いだと勘違いする。彼女に伴われエメラルドシティの宮殿に向かう。オズはセオドラと結婚して魔法の国の王になると軽いのり言い出す。途中、罠にかかった羽根のある猿フィンリーを助ける、宮殿にはセオドラの姉で東の魔女エヴァノラがいて、山のような金銀財宝をみせてくれた。この宝と財宝を手に入れるには「悪い南の魔女グリンダ」の魔法の杖を奪って折ってきて欲しいと言うのだった。そこで、オズはフィンリーと暗い森に出かけた。その途中、で悪い魔女により破壊された陶器の町で足を壊された陶器の人形と出会い、人形を直してあげる。そして暗い森で、南の魔女グリンダと遭遇する。すると、悪い摩女の正体はエヴァノラだということがわかる。そして、グリンダとともに多くの人々とも会うことができた。それと、オズはグリンダにすっかり心を奪われ、皆と一緒にエヴァノラを倒し平穏な暮らしを取り戻そうと立ち上がる。失恋をしたセオドラは怒りで形相が変わり、緑の魔女と変身してしまう。圧倒的な軍隊を持っているエヴァノラたちに対して、20世紀の科学とマジシャンとしてのテクニックを駆使して闘いを準備するオズだった。エヴァノラの繰り出す魔法の軍団に対して、オズはグリンダに保護されている人々の協力で魔法使いとして現れ、オズの国の人々が見たことのない花火を打上げ仰天させる。そして、オズはカンザスにいた時の身勝手で思いやりのない人間から、皆に慕われるような人間へと成長するのだった。
 「オズの魔法使」を踏まえて、この作品もカンザスの場面は白黒スタンダード画面で描かれ、オズの国に到着するとカラーワイド画面に切り替わる。オズの国もジュディー・ガーランドの前作と同様の色使いで、豪華に作られている。ただ、西の魔女セオドラは典型的な魔女に変身するが、これもエヴァノラに操られてのこと。そもそもエヴァノラがグリンダの父王を殺害したのは何のためだったのか、財宝を持っているが、何に使うのか皆目わからない。そもそも、児童文学なのだからかたいことは抜きにしても、オズの国の人々と魔女たちの関係がイマイチわかりにくかった。でもおとぎ話で、昔見た「オズの魔法使」を思い出すという意味でいいかな。


監督:サム・ライミ
出演:ジェームズ・フランコ、ミラ・クニス、レイチェル・ワイズ、ミシェル・ウィリアムズ、

2013年米映画           上映時間:130分

テーマ : 最近見た映画
ジャンル : 映画

スタンドアップ
  1989 年、ジョジー・エイムズは二人の子どもを連れ、DVが絶えない夫の元を離れ実家のミネソタ州に帰ってきた。高校生になる息子のサミーと幼い娘カレンとともに実家に戻るが父親のハンクはあまりいい顔をしない。実はジョジーの息子サミーは高校生の時に生んだ子だが、父親が不明ということで、故郷では噂の種になっていたのだ。そこで、高校の時の親友グローリーとその夫カイルに子どもの世話を頼み、就活をおこなうがいい仕事はなかなか見つからない。そこで、グローリーが働く地元の鉱山会社が女性を募集していることを聞き、面接を受けるのだった。会社は法律で女性の割合が決められたので、女性社員の募集をしたのだった。その鉱山にはジョジーの父親も働いているが、基本的にこの職場は男の働く場で「女なんていらない」という風潮だ。しかも、女性といってもほんの十数人しかいない。そんななかで、毎日のようにセクハラが繰り返される。しかもターゲットは美人のジョジーと十代のシェリーだった。しかも、グローリーは難病で退職してしまう。さらに、サミーまでもアイスホッケーの試合では意図的に無視され、応援席からはジョジーに「あばずれ」「誘惑女」といった悪罵が投げかけられる始末だ。しかし、ジョジーは断固としてセクハラに抗議をし続けた。すると、女性職員は逆に当惑し、これまで通りじっと我慢していさえすればいい、という意識に留まっていた。そして、高校の同級生のボビーに身体を押し倒され脅かされたのを機会に、自ら退職を口にし、会社相手にセクハラの訴訟を起こすことを決意する。そこで、かつてはアイスホッケーの有名な選手だったが弁護士としてニューヨークで活躍していたが、離婚してこの町にやって来たビル・ホワイトに弁護を依頼する。ビルはカイルの友人でもあり、最初は二の足を踏むがジョジーの気持ちにほだされ弁護を引き受ける。しかし、訴訟に勝つには集団訴訟で3人以上が訴えるのが近道だとビルは言う。しかし、会社側も手を回しジョジーの側につく労働者は皆無だった。一方、ジョジーの過去にも話が及びサミーの父親はジョジーとボビーの担任の教師がジョジーをレイプしてできたことまで暴露される。そんななかでも、職場集会で孤軍奮闘するジョジーを見かねた父ハンクが彼女を応援するスピーチをおこなう。やがて、法廷でも彼女の真摯な姿勢に胸を打たれ、車椅子で言葉も機械でしか発せられなくなっていたグローリーが自らも訴訟に乗ると手を挙げ、次に次に賛同者が出たのだった。
 この作品は1998年を舞台にしているが、この話の元になった実話があり、1970年代からのセクハラに対して89年に訴訟が開始され89年にようやく勝訴したという。作品中、簡易トイレを外から揺さぶられ、倒されて中にいた女性が糞尿まみれになるなど、どう考えてもやりすぎという場面も衝撃的だった。そうは言っても、日本でもまだまだセクハラは日常的に起きている。こうした現状をみても、この作品の意義は大きい。主演のシャーリーズ・セロンは「モンスター」「あの日、欲望の大地で」などでも良かったが、この作品でも出色の演技をみせている。


監督:ニキ・カーロ
出演: シャーリーズ・セロン、フランシス・マクドーマンド、ショーン・ビーン、ウディ・ハレルソン、ジェレミー・レナー、リチャード・ジェンキンス、シシー・スペイセク、エル・ピーターソン

2005年米映画        上映時間: 124分

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

ジャンゴ  繋がれざる者
 南北戦争の2年前の1958年。アメリカのテキサスのとある所。奴隷市場で買った黒人奴隷を数人鎖の足かせをつけて運んでいる二人組の男がいた。その前に歯の模型を天井に取り付けた馬車に乗った男が現れた。彼はキング・シュルツというドイツ系移民の歯医者だ。シュルツは黒人たちにブリトル三兄弟を知って入る者はいないかと尋ねた。すると、ジャンゴという黒人が知っていると答えたので、ジャンゴを売ってくれないかと二人組に言うが相手にしてくれず、銃を向けてさっさとこの場を去れという。命の危険を察知し、すかさず二人組を打ち倒すシュルツ。一人は足を折って立てない、するとシュルツは金を払いジャンゴを伴い、奴隷たちの鎖を解き放った。シュルツは賞金稼ぎでブリトル三兄弟を探していて、ジャンゴに彼らの首実検をしてもらうために連れてきたのだった。彼らを生きていても死んでいても捕まえれば賞金が入るので、自由の身にして金もくれるからと行動をともにする。ジャンゴは、かつて同じ奴隷でブルームヒルダ・フォン・シャフトという女性と結婚して二人で逃げようとして、ブリトル三兄弟に鞭で打たれ、顔に逃走者の焼き印を押された上に、二人はばらばらに売られたのだった。二人はブリトル兄弟がいる“ビッグダディ”・ベネットの経営する農場に向かった。そこで、ジャンゴはシュルツの従者として同行し、シュルツがベネットに奴隷を高く買い上げると誘いかけ、商談中にジャンゴが農場内を案内してもらう。そして、ブリトル兄弟を見つけ出し、シュルツに知らせる前に二人を撃ち殺してしまう。シュルツが駆けつけると、三人目の男が馬で逃げようとしていて、それをシュルツはいとも簡単にライフルで撃ち殺した。そしてベネットに三兄弟はお尋ね者で賞金がかかっていることを説明してその場を去る。しかし、黒人差別の強い場所柄シュルツとジャンゴをそのまま放っておくはずもなく、KKKのマスクをかぶり二人を襲うのだった。しかしシュルツたちは、逆に待ち伏せて爆弾を仕掛けておいて“ビッグダディ”・ベネットたちを全滅させる。こうして、約束通り自由の身になったジャンゴだが、シュルツとともに冬の間賞金稼ぎの手伝いをし、拳銃の腕も磨いた。春になると、シュルツに手伝ってもらい、ブルームヒルダの居場所をようやく突きとめ、二人でカルヴァン・キャンディの経営する農場に向かった。カルヴァンは黒人の奴隷たちを相手が死ぬまで戦わせる「マンディンゴの戦い」をさせていた。シュルツはその戦士の奴隷を高額で買うという触れ込みで、ジャンゴと共にカルヴァンの屋敷に乗り込んだ。そして、脱走を図ろうとして、庭の地中に埋められた金属製の筒の中からブルームヒルダが連れ出され、ドイツ語を話せるということでシュルツの担当となった。ジャンゴとも久しぶりの再会で喜びあった。すると、ディナーの場で、黒人の執事スティーブンの鋭い勘によってジャンゴとブルームヒルダの関係を見抜かれ、彼らがブルームヒルダを目当てに来訪したことをカルヴァンに告げるのだった。そして、上手くいくかに見えたシュルツの計画が違った方向にいく。
 オープニングは、まさにかつてのマカロニウエスタンのような書体でキャストが紹介され「続・荒野の用心棒」の主題歌「ジャンゴ」が流れる。このあたりは、実にわくわくした。しかも、フランコ・ネロも「続・荒野の用心棒」に出演していた扮装でカメオ出演している。ただ、中盤中だるみがあり最後の展開にいきつくまで長いと感じた。お約束の主人公が痛めつけられ、そこから回復して最後決戦に勝利するというパターンはお約束で何ともならないと思うのだが、ただシュルツの扱いがちょっと残念だった。彼がカルヴァンを殺すのだが、何とも短慮と思えてしょうがない。むしろカルヴァンが握手を求めて、何か彼らを陥れようという狙いがあると思わせた方が、展開としては自然になったと思える。それと、執事役のサミュエル・L・ジャクソンが悪役としていい味を出していた。ともあれ、アカデミー賞の前哨戦でいろいろ取りざたされていたが「ゼロ・ダーク・サーティ」も「ジャンゴ」もついでにいえば「テッド」も、どれもいまいちだ。やはり「アルゴ」は妥当なのだろう。

監督:クエンティン・タランティーノ
出演:ジェイミー・フォックス、クリストフ・ヴァルツ、レオナルド・ディカプリオ、ケリー・ワシントン、サミュエル・L・ジャクソン

2012年米映画          上映時間: 165分

テーマ : 最近見た映画
ジャンル : 映画

王になった男
 1616年李氏朝鮮第15代の王・光海君は暴君として臣下に恐れられていた。しかし光海もまた、臣下による暗殺を恐れていた。そこで、都承旨のホ・ギュンに命じて、身代わりの「影武者」を探すように命じる。そして、光海とうり二つの男ハソンを見つけた。彼はキーセンの座敷で笑いをとる太鼓持ちだった。いきなり、王宮に呼び出され銀20両で王の身代わりになれと言われ、尻込みするが断れるはずもなく、承諾する。しかし、顔は似てても立ち居振る舞いは一挙に身につくはずもなく、悪戦苦闘する。しかし、本物の光海は側室の部屋で意識不明になる。密かにアヘンを盛られた結果であった。ホ・ギュンはハソンを光海の身代わりとして王の代わりをさせることにした。密かにレクチュアをおこない、臣下の大臣からの上奏には、うなずけばいいと言い聞かせた。ところがハソンは、清そな王妃に心を奪われる。彼女の兄が謀反の疑いがあると取り調べられるが、ハソンは王として直接現場に行き釈放する。さらに、宦官の側近チョ内官に相談し王宮の文書館で猛勉強をするハソン。その結果、大臣たちが自らの利害を中心におこなっている政治から民衆本位の政治に改めるよう注文をつけるのだった。すると、日々の生活の世話をする女官たちも以前の王とは違い、人間味のある王の変化に気がつく。一方本物の光海は治療が功を奏し意識が戻り、政務に復帰できるまでに回復した。そうしたなか、隣国明から後金との戦いに援軍を出すように要請されるが、多大な資金がかかり庶民の暮らしを圧迫するから、断るようにと命令する偽王ハソン。すると、大臣たちも、もしかしてこの王は噂通り偽物ではないかという声があがり、兵を挙げて王宮に向かうのだった。
 当初、王宮の生活にとまどったニセ王だったが、次第に庶民が顧みられることのない政治に腹を立て、庶民の目線で政治をおこなおうとするハソンを熱演したイ・ビョンホンが良かった。若干史実と違うようだが、この時代は日本と同様中国文化圏にあって理不尽な明からの要求に屈せざるをえなかったのだろう。そういう意味では、第2次大戦以降韓国も日本もアメリカの傘下でポチを強要されている現況と中国文化圏にあった時代のことを思いやってしまった。

監督:チュ・チャンミン
出演:イ・ビョンホン、リュ・スンリョン、ハン・ヒョジュ、キム・イングォン、シム・ウンギョン

2012年韓国映画      上映時間:131分

テーマ : 最近見た映画
ジャンル : 映画

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