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初恋のきた道
 1999年河北省にある自然豊かな村、この村で初の大卒で都会に暮らしていた青年ルオが、父の訃報を聞き自動車で帰ってきた。しかし、母は父が40年間教師として勤めた学校の前で座り込んでいるという。そして、亡くなった父を、昔からの風習で町の病院から担いで角ごとに立ち止まり、声をかけ、故郷への道を忘れないように連れ帰りたい、と頑に主張する母。そんな母を見て、二人が結ばれたいきさつを思い出すルオだった。1958年はいわゆる大躍進政策の頃で、地方の村は貧しく、皆で出し合った資金でやっと学校が建てられることになった。そんな村の学校にやって来たのは、都会育ちのルオという20歳の教師だった。学校は、村の男たちが力を合わせて建設する。ルオ先生も手伝う。一方、女性たちは、そんな男たちに昼食を準備する。そうしたなかで、目が不自由な母と二人暮らしの18歳の少女ディはルオに一目惚れをする。彼に食べてもらいたくて昼食には工夫をこらす。しかし、男たちの食事の様子は、村の共同井戸から眺めるしかなかった。そして、学校の棟上げには、村一番の器量良しディの織った赤い布がまかれることになった。学校がはじまると、ディは毎日井戸に水を汲みに学校の側を通りルオの授業の声を聞いていたディ。それから、遠くから通ってくる生徒を送ってあるくルオたちを毎日待ち伏せするディ。そして、ついに話すことできた。さっそく、食事に誘うディ。ディの家にやって来たルオはおいしそうに食事をとる。今度は、好物の餃子を食べに来るように誘う。そして、お礼にもらった鬢止めを大事そうにつけるディ。しかし、ルオは町から呼びに来られて帰ることになった。その年の暮れには帰ってくると約束して帰るルオ。しかし、約束の日ルオは帰ってこなかった。そしてついに寝込んでしまうディだった。
 美しい自然に恵まれつつも、貧しい村の農村。ピンクと赤の綿入れのモコモコした上着と紺色のもんぺのようなずぼん。髪はお下げで、緑色の毛糸で結んでいる。水道も電気もない、それでも人の営みは淡々と続いている。そうしたなか、一途な思いで、ただただ恋する少女。当時は自由恋愛は珍しかったというのだが、純愛は成就できた。ただ、青年教師ルオが町へ帰るという事情や、帰還までのいきさつとか、二人が結ばれるあたりは、やはり細かく描いた方が良かったと思うのは私だけだろうか。


監督:チャン・イーモウ
出演:チャン・ツィイー、スン・ホンレイ、チョン・ハオ
2000年米中映画  上映時間88分
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テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

アイムノットゼア
 本作は6つのストーリーからなっている。まずはアルチュール・ランボーと名乗る男のインタビュー。実際65年頃、ディラン本人のインタビューでの発言が語られている。もちろんフランスの詩人ランボーへの傾倒が描かれている。次に、デビューの前、ウディ・ガスリーのフォーク・ミュージックを模倣していた事実にちなんだもの。劇中ウディと名乗る少年がギターを持って放浪し「ポップ・ミュージックを歌っていたら、プレスリーより有名になった」と語らせている。そして、60年代プロテストフォークの騎手として注目をあびていた頃、ジャック・ロリンズという名で劇中には登場する。しかし、彼の言動が非難され、姿を消して20年後、西海岸のカトリック教会で牧師として布教活動をおこなっていたというストーリで描かれる。ここでは、アリス・ファビアンという名でジョーン・バエズをモデルとしたプロテストフォーク歌手が出て来て当時のことを語っている。それと、ベトナム戦争が拡大するなか、ジャック・ロリンズの伝記映画「砂の粒」が製作されるというストーリー。その主役を演じるロビーはフランス人の画学生クレアと出会い結婚する。そして子どもができるが、二人のなかは疎遠になっていく。ベトナム戦争の終結のニュースが報じられた時、クレアは離婚を決意する。実際のボブ・ディランは、スージーとサラという二人の女性との関係があったという。ついで、ジュードという名で、アコースティックギターのフォークから突然エレキギターでロックに転向したあたりが描かれる。これまでのファンから、「裏切り者」「ユダ」といった悪罵を投げかけられ続けた。そうしたなかで、ドラッグに耽溺しつつ、危ない妄想に陥り、様々な世界に浸っていたところが描かれている。最後に、西部開拓時代のビリー・ザ・キッドをダブらせたビリーが主人公。彼は愛犬のヘンリーとともに厭世的に暮らしている。しかし、彼の住むリドルの町が、ギャレット長官の号令によって、道路建設が強行され、町から退去するように多くの人々が命令された。このことに抗議するビリーだが、ギャレット長官の命令で逮捕されてしまうビリーだったが、何とか逃げ出すことになる。こうしたエピソード上手くちりばめられている。
 とにかく、これらボブ・ディランのエピソードが次々に出てくる。これは、理解するには、かなり事前にリサーチが必要だと思った。何の準備もなければ、ただボブ・ディランの曲に耳を傾けるだけになってしまうだろう。そういう意味ではけっこうコアなファン向けの作品だ。そうしたなかで、ケイト・ブランシェットはさすがによかった。ボブ・ディランを理解するには「答えは風の随意にある」のだろうよ。


監督:トッド・ヘインズ
出演: ケイト・ブランシェット 、クリスチャン・ベイル 、リチャード・ギア
2007年米映画  上映時間135分

テーマ : 映画
ジャンル : 映画

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
 1898年カリフォルニアでたった一人、金の採掘をしていた山師ダニエル・プレインヴュー。事故で足を骨折してしまうが、金の混ざった鉱石を発見した。4年後には数人の人を雇って穴を掘っていた。そんな折、ちょっとした偶然で石油を掘り当ててしまう。それからは、石油屋として活動を開始する。そんな彼の元に一人の若い男が訪ねてきた。彼は、石油の情報を売りに来たのだ。プレインヴューは幼い息子のH.Wを伴い、ウズラ狩りを装い現場に行く。そして、石油の埋蔵を確認し、あたりの地主たちを招集してプレインヴューは巧みな話術で採掘権を確保するのだった。そうした交渉の席にはきまってH・Wも同席して、相手の警戒心を解く手助けとなっていた。こうしたなで、最初に石油の情報を売りに来た男の弟イーライは第三の啓示教会を主宰している。彼は最初にプレインヴューに協会への寄付を要求していた。ようやく石油が噴出したのだが、その際吹き上がったガスに吹き飛ばされたH・Wは聴力を失ってしまう。そんな折りプレインヴューの母違いの弟ヘンリーが訪ねてきた。彼も同居することになったが、ある夜ヘンリーの持ってきた日記を盗み見たH・Wが突然家に放火した、あわてて消し止めたものの、H・Wは施設に預けられてしまう。プレインヴューは大手の石油会社と対抗するため、パイプライン建設にむけて準備する。そのさなか、ヘンリーに対して、自らの性格を負けず嫌いで、他人を信用しないといった傲慢で不遜という自己分析をするプレインヴュー。そして、パイプライン建設に欠かせない地主が第三の啓示教会の信者でここに帰依せよというのだ。信仰とは無縁の男が、自らの利益のためだけに、教会に行く。するとイーライが意趣返しとばかり衆目のなかで「子供を捨てた!」と言わされるのだった。やがて、H・Wを再び引き取り手話の教師ともども一緒に暮らすことに。それから数十年が過ぎ、十分に富を手にしたプレインヴューだが、孤独にさいなまれ酒におぼれる日々だった。そんな彼から、結婚したH・Wが独立を口にする。口汚くののしるプレインヴュー。そんな折り、失意のイーライが訪ねてくるのだが。
 他人を決して信じず、詐術まがいの手練手管で金を儲けた主人公。感情移入できるような人物ではない。一方で信仰を口にしながらも、怪しいイーライ。彼もまた評価のできる存在ではない。監督のメタファーを駆使した手法で現代における血と化した石油といった状況も含め印象に残る作品だ。主人公の不安な心境を表す、ハウリングのような非階調で不協和な音楽もまた心を乱す効果があった。


監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ディロン・フレイジャー、ポール・ダノ、ケヴィン・J・オコナー
2007年米映画 上映時間158分

テーマ : この映画がすごい!!
ジャンル : 映画

オリヲン座からの招待状
 1957年京都の西陣にある映画館オリヲン座に一人の青年が、映画が終わっても残っていた。彼は仙波留吉という17歳の青年で大津から単身で出て来て、働かせて欲しいと頼み込むのだった。映画館(コヤ)は豊田松蔵とトヨの夫婦二人でやっていた。松蔵は「写真が好きか」と聞き「好きです」と答えた留吉の返事を聞き、雇うことにした。その日から、映画館が留吉の住まいとなった。松蔵は戦前から映写技師として働き、復員後1050年にオリヲン座を開館した。当時は映画のフィルムは市内の映画館で順番に使っていたので、留吉は自転車でフィルムの運搬の仕事から始めた。それとともに、松蔵について映写の実務も勉強した留吉。その頃は、まさに映画界の全盛時であった。しかし、ヘビースモーカーの松蔵は肺を患っていたが、病院に行く間もなく亡くなってしまった。トヨは留吉に「オリヲン座を閉める」というのだが、留吉が「おやっさんの遺志を継がせてください。写真を捨てるわけにはいけません」という言葉に二人で再開することにする。しかし、周囲の目は冷たく「師匠の妻を寝取った」とか「若い男に鞍替えした」といった心ない噂が絶えなかった。留吉は、トヨへのほのかな恋心を封印し「姐さん」と技師という関係で接していた。一方、その頃にはテレビの出現で、次第に映画館への足が遠のいていってしまった。そんな頃、近所の子ども祐次と良枝が毎日のようにオリヲン座に通って来ていた。二人の家庭は両親のけんかが絶えず、二人とも家には居場所がなかったのであった。そんな二人をやさしく受け入れたのが、トヨと留吉だった。二人の子どもを映写室に入れただで映画を見せ、時には祐次のお誕生会までやってくれたオリヲン座の二人だった。そして、数年後トヨが怪我をしたとき、介抱をした留吉と結ばれることになる。それから数十年が経ち、夫婦となった祐次と良枝のもとに「オリヲン座閉館と最終興業の招待状」が届いた。   「ニューシネマ・パラダイス」や「カーテンコール」といった内外の映画も彷彿させるこの作品。映画館にまつわるいろんな思いでがよみがえった。あの頃、ちょうど祐次ぐらいだったかと思うのだが、映画館での飲食は、隣に迷惑にならないようにと、キャラメルとか「都こんぶ」が定番だったように思う。それと、この映画の一番の見せ場である蚊帳の中に離す蛍の場面を見て、つい自分の子どものころの体験がよみがえった。たしかに、蚊帳をつり、小川のそばで蛍を捕りに行き、たくさんの蛍を放し真っ暗なかに飛ぶ蛍を見ていたことを思い出した。映画の方も、宮沢りえがよかった。ただ、宇崎竜童はやや年齢がいきすぎではないかと思ってしまった。原作が短編ということもあるので、もう少しトヨと留吉の葛藤を描いたほうがよかったのではないだろうか。


監督:三枝健起
出演:宮沢りえ、加瀬亮、宇崎竜童、原田芳雄
2007年日本映画 上映時間116分

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

光州5.18
 1979年朴大統領が暗殺された後、全斗煥少将が粛軍クーデターを起こし、軍の権力を掌握した。しかし、全国で盛り上がる民主化の声を強権的に押さえ込もうと、1980年5月17日、戒厳令をを布告。光州でも事前に空挺部隊を全羅道庁拠点に進駐させ、大学の民主化運動を封殺しようとしていた。そんななか、ミヌはタクシーの運転手をしながら弟のジヌの面倒をみていた。彼らの両親は早くに亡くなり、兄弟二人で暮らしていた。ジヌは成績もよく、難関のソウル大法学部を主席で入学する夢を持っていた。そんなある日、ジヌが通っている教会で見かけた看護師のシネに一目惚れしてしまうミヌだった。ジヌを出しにようやく映画に行く約束とりつけたミヌ。3人は満員の映画館にいると、突然ドアが開き兵士に追われた学生が逃げ込んできた。容赦なく警棒が振り下ろされた。逃げ惑う群衆、そして混乱のなかジヌの親友サンピルが兵士に殴り殺されたのだった。そして、これまでの学生主体のデモから多くの市民も参加する大衆が参加するようになった。すると5月21日正午には、戒厳軍が撤収するという報があった。多くの民衆は道庁前に集まり、軍の撤退を見守ろうとしていた。ところが、軍は撤退ではなく銃を民衆に向け乱射したのだ。逃げ惑う民衆のなかで逃げ遅れた子どもを助けようとしたジヌにも銃弾が浴びせられた。たった一人の肉親を失ったミヌは闘う決意を固めた。こうした事態をみて、立ち上がったパク・フンスはかつて空挺隊にいたが、上官との折り合いが悪く退官し、予備役大佐となり現在はタクシー会社を経営していた。彼は一人娘のシネと妻を亡くして二人で暮らしていた。ミヌの勤務している会社の社長ということだった。パクは大口径の機関銃を持ち出し道庁を射撃した。たまらず、撤退をする戒厳軍。すると、多くの市民は道庁の地下武器庫から銃を取り出した。そしてパクが「市民に銃を向けるという過ちを犯した軍隊は反乱軍である。光州を守るため市民軍を結成しよう」と呼びかけた。そこで、軍隊経験者を中心に市民軍が作られた。韓国国内では市民に被害はないという報道しかなかったものの、外国メディアが多くの市民に死者が出ていることを報道し始めた。そこで、戒厳軍は5月27日をもって一挙に制圧にでた。パクを先頭に多くの市民は最後まで、闘い抜いた。
 もう、あれから28年もの年月が経っているのかという思いだ。最初に出てくる庶民たちの暮らしぶりは、外に持ち出した白黒のテレビを路地裏で皆で見ている情景など、昔の日本の様子も彷彿させた。事件の背景は、全斗煥が大統領をめざし、軍の強圧的な力をもって民主化の根と大統領候補者の金大中や金永三を逮捕軟禁していたなかにあった。一方で北朝鮮の影響を受けた革新勢力への過度な警戒心もあっての強圧的な行動であった。しかし、何故光州でこうした事態になったのかは、未だによくわかっていないようだ。当初の民主化と反軍事政権の動きは、確かに左翼的な主導があったと思うが、以後の軍事的な衝突はそれだけではないのではなかろうか。それにしても、軍隊経験者たちがいたということで、正規の軍隊との戦闘が可能だったということなのだろうか。そんななかで、ミヌの同僚のインボンが常に明るく振る舞い皆を元気づけるあたりが、救いがあった。それと、映画のなかで、デモ隊が歌っていた曲の一節で、かつて私も日本で歌った「膝ついて生きるよりか、立ったままで死のうじゃないか」という歌詞を思い出した。最後に、死んでいったミヌと仲間たちがとシネとの結婚式の記念撮影の場面がでてくる。しかし、唯一人生き残ったシネだけに笑顔はなかったのが印象的だった。

 
監督:キム・ジフン
出演:キム・サンギョン 、 イ・ヨウォン 、 イ・ジュンギ 、 アン・ソンギ
2007年韓国映画  上映時間121分

テーマ : 気になる映画
ジャンル : 映画

ヒョンジェ
 1968年夏川崎、豪華クルーザーにライフルを所持した若い男が乗っていた男女数人を人質にしたシージャック事件が発生した。地元神奈川県警とともに警視庁の狙撃部隊5人も現場に向かった。ライフルを持った男は人質に銃口を向け、投降の説得に来た両親の言葉にも耳を傾けず、警官隊に向けても発砲を繰り返していた。ついに警視庁の判断で、ライフル犯にむけ狙撃の命令が下った。一人の警察官の発射した弾が男の心臓を撃ち抜いた。この容疑者死亡という事態に、マスコミは一斉に「行き過ぎ」「過剰対応」と報じた。やがて狙撃をおこなった警察官の家族にまで、中傷が繰り返され、やむなく彼は警察を退官した。それから11年、全国を転々としていた元警官加納靖史は大阪で小さな町工場に勤めていた。妻は苦労の末に病死し、一人息子の純と二人で暮らしていた。純はロックに夢中だが、毎日酒浸りの父とはまともに会話もしていなかった。ある日、純たちのバンドと朝鮮高級学校とのあいだでけんかになり、そのあおりでドラムスのメンバーがバンドを抜けてしまった。そんな折り、純は朝鮮高級学校でサッカーをやりながら、ドラムも練習しているキムヨンチョルと知り合う。ロックに国境も民族もないということで一緒にバンドをやることになった。そんな彼らが資金集めをしていた時、ヨンチョルが地元のヤクザに絡まれた。たまたま通りかかった加納が止めに入り、ヨンチョルを助けたのだった。一方、その頃三菱銀行に行員を人質にライフルを持った男が立て籠もるという「梅川事件」が起きた。現場に行った加納を、写真に撮った週刊誌の記者がいた。彼女はその後、加納に取材をする。そして、現在でも贖罪の意識にさいなまれている現実をしるのだった。ところが、彼女の知らないうちに加納の記事が週刊誌に載り、純もようやく父の事件を知り、反発をし家を出るというのだった。しかも、ヨンチョルは亡くなった兄(=ヒョンジェ)と加納の姿がダブって見えていた。さらに衝撃的な事実もわかってくる。
 冒頭は、かつて実際に起きた「瀬戸内海シージャック事件」(かつて石原良純主演「凶弾」で映画化された)を彷彿とさせた。そして11年後の大阪でも場面は「パッチギ!」を思い出させた。ただ、高校生バンドが「キャロル」の「ファンキーモンキーべービー」しかレパートリーがないのにがっかり。それと「キャロル」元「憂歌団」の木村くんが友情出演と主題歌を歌っているのも何だか象徴的だ。ただ、親子の絆や民族差別の問題についての問題提起はいい。しかし、現実のシージャック事件と在日朝鮮人の関係はないと思うのだが、梅川事件を絡め「狙撃」という絡みでは理解できるのだが、どうしてこのようなシチュエーションにしたのか、そちらの方に興味がそそられてしまった。


監督:井上泰治
出演:奥田瑛二 、高野八誠 、ハ・ヨンジュン
2006年日本映画  上映時間86分
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