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母べえ
 1940年2月、東京で一家4人つましく暮らしていた野上家に特高警察が夜も明け切らないなか、突如押しかけ土足で踏みにじり、野上滋を治安維持法違反で逮捕していった。残されたのは、妻の佳代、長女初子、次女照美で、一家は互いに父べえ、母べえ、初べえ、照べえと呼び合っていた。滋はドイツ東京帝大出身のドイツ文学者であったが、その思想ゆえに今は大学での教鞭をとることができず、著作も検閲ではねられ生活は苦しかった。滋の逮捕を知ったかつての教え子、山崎徹は面会等の具体的な方策について知らせにきたのだった。彼は、その日から男手のない野上家を何かにつけて支え続けた。佳代は町内会長の口添えで小学校の代用教員として働くことになった。滋の妹久子は郷里の広島から上京して美術学校に通っており、彼女も、佳代と幼い姪たちを支えてくれた。一方、佳代の父は郷里の山口で元警察署長をしていた関係で、上京してきて滋と離婚するよう佳代に迫るのだった。しかし、佳代は離婚の意思はないと言い切り勘当されてしまう。そうしたなか、奈良から佳代の叔父が上京してきて、野上家に滞在した。町では「ぜいたくは敵だ」という看板を掲げ、少し目立った服装をする女性を呼び止め注意するという時代だったが、奈良の叔父は「女性がきれいに着飾るのは当たり前」と言い、指にはめていた金の指輪を国に供出するように求められても、断固として拒絶していた。そうして、翌年の暮れついに太平洋戦争へと突入していった。ますます、暮らしにくくなるなかでも、野上家の母子は父との文通で心を通わせていた。そして、彼女たちを支えてくれた久子は郷里の広島に帰り、山崎も本来は丙種で徴用されないのだが、ついに赤紙が来て戦地に赴くことになった。
 私など「ALWAYS 3丁目の夕日」で、あの当時を懐かしんだ者の一人だが、この「母べえ」の時代から20年も経っていないんだと感慨深かった。特高、治安維持法という思想を裁くという体制の怖さがひしひしと伝わった。滋の恩師の帝大教授の体制に従順な対応で非難がましい態度や、佳代の父の対応に対して毅然とした佳代の姿には胸が打たれた。つましくも肩を寄せ合い必死に生きている家族愛が浮き彫りにされ、一方でやりきれないひどい時代が克明に描かれていた。当時の子どもたちが、トラホーム(流行性の眼病)に罹っていたといった微細な状況も再現されていた。初べえ、照べえのふたりの子役たちはよくやっていたと思う。


監督:山田洋次
出演:吉永小百合、浅野忠信、檀れい、板東三津五郎
2008年日本映画 上映時間132分
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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

蕨野行
 江戸時代、とある東北の山里、この村の庄屋の母れんは長男団右衛門嫁ぬいのことが気がかりだった。すでに次男伊作には二人の子どもがいたが、嫁のてらは姑のれんとは型どおりの嫁と姑の関係だった。しかし、ぬいは団右衛門とは20歳もの年の差がある若い嫁で、れんを実の母のように慕い、庄屋の嫁としての仕来り作法を始め様々なことをすべて伝授してもらおうとしていた。そんなある日、「おババよい、何か思うことが有りつるか?」と聞くぬいに「ぬいよい、おれは関所のまえに立ちてありつる」と言い、この村に伝わる秘めた約定について説明した。それは、ここ上庄、中庄、下庄の三村では60歳になった者は人里離れた蕨野に移り住むが、そこは食料もなく、作物を植えることも禁じられ、毎日里まで、半里の道を下り村々での仕事をおこないその日の糧をえるという決まりだった。この年、蕨野に行くのはれんたち8人の男女だった。蕨野には3軒の小屋があった。さっそく、8人は、それぞれが小屋を手入れなどをするのだった。春から始まったこの生活も、夏の長雨と洪水で凶作の見込みとなった。すると、村から蕨野への人々への仕事が早々と終了することになった。これは、数年ごとにくる凶作に対応すべく、高齢者が自ら蕨野に行き若い者の糧を確保しようとしたことから始まったきまりだった。しかし、8人は次第にやはり、力尽き次々に逝ってしまう。それでも、れんは持ち前の知恵と才覚で何とかしのいで生きていた。そんなれんに昔から恋ごごろを抱いていた馬吉はウサギや鳥を捕り彼らの食料をまかなっていた。それでも、眼のみえぬ甚五郎や認知症のとせなどとともに必死に生きるのだが冬の雪のなかではついに力尽きて皆死んでしまう。れんが死に霊となって再び里に向かい「良き所ならば未練残らず、苦しみの土地なればこそ、もう一度人として生き返りたい」と言わしめている。
 かつての日本人は、死を迎えてもまた生まれ変わるという死生観をもっていたということを描いている。そういう意味であまり死を悲観的には描いていない。ただ馬吉の一途な思いがこの世でかなわなかった思いを来世でかなえたいといったあたりもまた当時の一般的な思いなのだろう。淡々としたれんとぬいとの語りあいがとても印象的だった。かつて「楢山節考」でも描かれた年老いた母を山に捨てるという「姥捨て」も、厳しい自然の下での農業故の悲劇だったが、この作品では捨てられた方の立場から、逆に子や孫へのやさしさも感じられた。あわせて、れんの妹しかが婚家から身重で追放されながら山の中でしぶとく生き抜いていた姿にもびっくりした。あの時代、女性はたいへんだったとあらためて思った。この映画は「日本の原風景を映し出す」といったメッセージもあるのだが、見事に再現されていたと思う。


監督:恩地日出夫
出演 : 市原悦子 、 石橋蓮司 、 清水美那 、 李麗仙
2003年 日本映画 上映時間124分

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

魍魎の匣
 太平洋戦争末期、ある島で海軍中尉榎木津礼二郎は、焼夷弾をの爆発を直視した。そして、陸軍で唯一生き残った男、久保と出会った。すると、榎木津には、久保のおぞましい過去がみえたのだった。それから、7年後榎木津は東京で私立探偵をしていた。ある日、彼の伯父で映画撮影所の所長をしている今出川に呼び出された。車で撮影所まで来ると、元映画女優の柚木陽子がいた。彼女は戦後美波絹子という芸名でデビュウーして人気の絶頂期に突然引退したのだ。それというのも、一人娘の加菜子を育てるためだった。加菜子は陽子と柴田財閥の一人息子弘哉が駆け落ちしてできた子どもだった。しかし柴田会長によって、二人の仲はは切り裂かれ無理やり他の女性と結婚させられたものの、弘哉夫妻は病気で亡くなってしまい、全財産を加菜子が筆頭相続となった。柴田会長も92歳という高齢であり、加菜子に全財産を遺すということを言ったため、親族が弁護士を使って加菜子を取り込もうとしていた。そんななか、突然加菜子の行方がわからなくなり、榎木津探偵の登場となった。彼は、加菜子の行方がみえ、さっそく現場へと向かった。いっぽう、作家の関口巽は稀譚舎で偶然新鋭の幻想小説家の久保竣公とであった。彼は今世間を騒がせている、連続少女バラバラ殺人事件について語り、関口も変名で執筆している雑誌「實録犯罪」の編集室からもバラバラの腕が発見されたことを告げた。この事件に興味をもった「稀譚月報」の記者で京極堂の妹である中尊寺敦子は、「實録犯罪」の烏口と関口とともに、神秘御筺教という新興宗教を調べることにした。それというのも、行方不明になった複数の少女がこの教団と関係があるということらしいことがわかった。宗教といえば、神主にして陰陽師で京極堂という古書店もやっている中尊寺秋彦のもとに関口、榎木津、烏口らが集まり、事件の解明に取り組むことになる。しかし、加菜子が電車にひかれ、美馬坂医療研究所に母親とともに入ったことを知った中尊寺は「美馬坂には近づくな」というのであったが、全ての謎がここにあることから警視庁の青木、木場刑事たちとともに乗り込むことになる。
 前作「姑獲鳥の夏」で関口役は永瀬正敏だったが、今回椎名桔平に交代した。監督も実相寺昭雄氏が亡くなり原田真人に交代している。戦後の雰囲気を出すべく、中国ロケをおこなったという。それで、屋根瓦は明らかに中国のものだし、運河や田園風景もどう見ても中国だった。建物も靴音がやたら反響し、建築様式も中国、あれでは大陸で植民地支配下の中国の町並みにしか見えない。黒木瞳はそんなに魅力的でもないし、ミスキャストではないだろうか。宮迫も力みすぎて空回りしていた。何か中途半端な感じだった。

監督:原田眞人
出演:堤真一 、阿部寛 、椎名桔平 、 田中麗奈
2007年日本映画 上映時間133分

テーマ : 魍魎の匣
ジャンル : 映画

ボルベール
 スペインのある村に両親の墓掃除に来たライムンダとソーレの姉妹は帰りに伯母の家に寄った。伯母は高齢で目も見えにくくなっていたが、台所には二人のために土産の食べ物が用意してあり、二階にはルームランナーも置いてあった。日頃は向かいに住むアグスティナが様子を見てくれているという。姉妹は帰途につき、ライムンダは娘のパウラと夫のパコと暮らしていた。夫はリストラにあい、仕事をなくしたという。15歳になるパウラは、母のライムンダから長電話を注意されていた。そして、失業中のパコが娘のパウラに「本当の父親ではないから」と性的関係をせまったため、パウラが包丁で彼を刺し殺してしまった。仕事から帰宅したライムンダは、死体を毛布でくるんだ。すると、隣人が訪ねてきて、彼の持っているレストランをのキーを預かってくれというのだ。彼は余所に行くことになったので、店を借りたいという人に鍵を開けて見せてやって欲しいというのだった。そこで、以前そこで働いたことがあるライムンダは、翌日死体をレストランに運び冷凍庫に隠した。たまたまそこに映画撮影のクルーが来て昼食を作って欲しいというので、ライムンダが親しい友だちとともに作ることになった。すると、姉のソーレから電話あり伯母が亡くなったというのだ、ライムンダは葬式には出られないことを伝えた。葬式のあとソーレは車のトランクに隠れていた母親を発見する。母は実は死んではいなかったのだ。密かに伯母の家にいて面倒を見ていたのだった。そして、ライムンダ母子と会いアグスティナも含めた意外な事実を知ることになる。
 ペネロペ・クルスがレストランで歌うボルベールが秀逸だ。女三代に秘められた謎が解け、母子の和解のなかに、女性のたくましさと悲しさが混在しているもののなぜか残ってしまう作品。カメラアングルも真上からのショットや原色を使ったどぎついともいえる衣装なども印象的。


監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ペネロペ・クルス、カルメン・マウラ、ロラ・ドゥエニャス
2006年スペイン映画  上映時間120分
プレステージ
 19世紀末のロンドンの舞台に立つ奇術師ミルトンは助手のジュリアの水中脱出を披露する際、あらかじめ客席に座っている弟子二人を舞台に上げ彼女縛っていた。二人はアンジャーとボーデンといい、ジュリアはアンジャーの妻でもあった。彼らは、変装して客席にいたのだ。ところが、ある日縛られた縄をほどくことができず、ジュリアは水槽のなかで溺死してしまった。アンジャーはボーデンの縛り方を責め、これを契機にアンジャーはボーデンを怨み復讐を誓うのだった。そして、独り立ちしたボーデンが弾丸つかみの奇術を披露していることを知ったアンジャーは客を装いボーデンの指をピストルで撃ってしまう。しかし、ボーデンは結婚し子どもでき、幸せな日々をおくり、新しいマジック瞬間移動を完成させ、ロンドンの町をわかせていた。これに嫉妬したアンジャーは自らの助手の女性をボーデンの元に送り込み、ネタを探らせた。そして、彼も、また瞬間移動を披露するのだが、その舞台に乗り込んできたボーデンに満座の元で種明かしをされてしまう。それでも、あきらめきれないアンジャーはアメリカに渡り、瞬間移動のネタ探しをおこない、ついに大がかりな装置をロンドンに運び込み、ボーデンへの復讐も成就させようとするのだった。
 冒頭、マイケル・ケインが少女に、マジックはタネや仕掛けのないことを観客に確認させる「プレッジ」、パフォーマンスを展開する「ターン」、そして予想を上回る「プレステージ(偉業)」の3パートから成り立っていると説明する。そういう意味でオープニングの画面から、すでに仕掛けがあるのだが、いくら何でもこんなのありかよという結末だ。トリックというか仕掛けというという点でも、ちょっと違うと思った。一見華やかで、見た人間を唸らせるような展開にして欲しかった。こんなものではがっかりを通り越して、何なんだこれはという後味の悪さが目立ってしまった。


監督:クリストファー・ノーラン
出演:ヒュー・ジャックマン、クリスチャン・ベイル、マイケル・ケイン
2007年米映画  上映時間130分

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

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