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父親たちの星条旗
 第二次世界大戦末期の1945年2月16日米軍は、日本の硫黄島に空と海からの攻撃を開始した。当初10日間の予定だったこの攻撃は3日で終わり、3万人の米軍が上陸を開始した。硫黄島は東西8キロ南北4キロの小さな島だが米空軍のサイパン島などからの東京空襲の中間地点にあり、日本本土への空襲のためにどうしても必要な要であった。そのための大部隊の投入であった。最初の目標は硫黄島の南部にある標高169メートルの摺鉢山を陥落させることであった。しかし、硫黄島の日本軍2万2千人の抵抗は激しく、連日死闘が繰り広げられていた。それでも、圧倒的な武器と兵力で米軍は2月23日には摺鉢山を制圧した。その際、摺鉢山の頂上に星条旗を翻させたのだった。それは、米軍の士気を鼓舞させるものだった。数多くの海上の艦船からもそれは目立ち、海軍長官はその星条旗を記念に欲しいと言い出した。そこで、最初に星条旗を掲げた第1小隊にかわって第2小隊が星条旗を交換するため摺鉢山に登った。そしてまさに旗を立てようとしたところをAP通信のカメラマンが撮影し、さっそく米本国に配信された。新聞に掲載された写真は、たちまち反響をよんだ。米軍はさっそく、この星条旗を掲げた兵士達を本国に召還するのだった。しかし、硫黄島の戦闘は厳しさを増し、6人の兵士の内3人がすでに戦死していた。そこで残りの衛生兵のドク、伝令のレイニー、ネイティブアメリカンのアイラの3人が本土に帰還するのだった。彼らを待っていたのは、英雄ということでの熱烈な歓迎であった。しかし、軍当局は戦費が底をつきかけているなかで、彼ら3人を使っての戦時国債を売るための全国行脚をおこなったのだった。そんななか、アイラは当初から英雄として祭り上げられることに抵抗を感じていた。なぜなら、星条旗は最初に掲揚したのは自分たちではないということと、6人の内一人が間違って名前が伝えられていたこと、そして何より他の3人は戦死しているということが気になっていたのだった。そして、英雄とはうらはらに「インディアン」という差別にもさらされアイラは再び戦地に戻ることになった。一方レイニーは恋人と結婚し軍に協力するのだった。もう一人のドクは、一連のキャンペーンに協力し、戦後は妻と子どもたちのために働くのだった。彼は、家族には戦場のことは一切語らなかった。しかしある日、戦友の名を呼んで倒れ、はじめて戦争のことを口にして亡くなったのだった。それから、彼の息子が父親たちの星条旗について調べて、真実を知るのだった。
 最初の戦闘シーンは、「プライベート・ライアン」以来のそれこそ吹き飛ぶ首、手、足内臓露出といった場面もあった。しかし、アメリカ本土でのシーンが多く、戦場シーンはフラッシュバックのように出てくる方が多かった。冒頭にでてくる台詞で「戦争を語りたがる連中は、戦場を知らない奴だ。本当の戦場にいた連中は黙して語らない」というレイニーは、実際何も語らなかった。一方、ネイティブアメリカンのアイラは戦後帰還しても居場所を見つけることができず、アルコール依存症になってしまい、それが元で亡くなっている。こうしたPTSDの悲劇は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、さらには現在のイラク戦争まで続いている。こうした愚行を繰り返しているアメリカの現在も含めて静かにこの映画は、戦争のもたらすものについて語っていると思う。

監督 クリント・イーストウッド
出演 ライアン・フィリップ 、ジェシー・ブラッドフォード
2006年米映画 上映時間132分
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テーマ : 父たちの星条旗
ジャンル : 映画

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